演劇界のメメクラゲ

バジリコ・F・バジオ 「オサムシ
作・演出:佐々木充郭

下北沢駅前劇場

 いろんな舞台を見ていて思うのは、僕はあんまり登場人物に対して感情移入することが少ないってことで、じゃあ誰に感情移入してるのかといえば作家や演出家だったりする*1
 こっち(現実)に神様がいるかどうかは知ったこっちゃありませんが、少なくともあっち(劇中)に神様(作り手)は実在しており、しかもその神様は別に万能ってわけでもなくて、ああでもないこうでもないと悩みながら世界を創造なさっている。スタッフ目線で見ているがゆえ余計にそう思うのかもしれないんですが、要は練習量や技術や戦略といったものからかけ離れた部分、今ここでそれを描かずにいられなかった理由、とか私情、とか衝動、みたいなものが、作品を創った『神様の動機』が作品を通して不意に顔出すと、目が合うと、もうだめ。釘付け。
 「手塚治虫の伝記」という誰の目にもウソだとわかる建て前を借りて、言うべきことはしっかり言うけど、壊せるものはとことん壊す。単純だからこそ頑なな信念に貫かれたバジリコ美学の神髄。60〜70年代の漫画史を玉突き事故みたいに巻き込みながら、ヒゲオヤジが実体化し、猫娘だかピノコだかよくわからん生物が飛び出し、火の鳥がぐるりを舞い、ブッダヘッドバット、アトムが来たりて芸術を問う。2時間の長丁場を全く体感させないデタラメなほどの面白さ。

*1:ごくまれに小道具にも感情移入しますが、話がややこしくなるだけなので今は触れません。