見られて困るものなんか腐るほどある

 部屋でコツコツ作っていた小道具の数々が、ようやく人に見せられる程度にまでなったので稽古場へ届けにいきました。
 基本、怪しげなものばかりなので、電車の中とかで見知らぬ人達にギョッとされたくはないので(当方、世間体を気に病むタイプです)、いつもなら厳重に包装して外から見えなくするところですが、疲れていたせいか今回にかぎってそれを怠る。というか忘れる。
 さて、道ゆく人たちの目には僕の荷物はどのように映っていたのでしょうか。いや、あまり人目を気にしすぎるのもよくないと解っています。実際それほど他人の荷物なんて誰も見てないだろうことも知っています。ただ、駅から稽古場へ向かう途中に僕を追いこしていった親子連れの子供のほう(小学校低学年くらい)が、母親に手を引かれながらも顔だけはこっちを向いたまま、いつまでもいつまでも僕と僕の紙袋を見つめていたことだけが心配なんです。墓泥棒とか、そういう類のヒトだと思われていないことだけを祈るばかり。
 稽古場は今日からスタジオに移り、じっくり腰を据えた稽古ができる環境になったようで一安心。小指侍に限らず、演出家の頭の中から飛びだした「トンデモナイ想像の産物」たる発注に、こちらも負けじと「ワケノワカラナイ解釈と製法」で応えて完成した「エタイノシレナイ品物」を、毎回稽古に持参し、しかも持って帰らなくちゃいけない役者の苦労を思うと、いつも心が痛むのでした。単純に荷物としてかさばる、というのもあるし。もうこれからは思う存分置きっぱなしにできるのですね。そのことが今は何より喜ばしい。